BÀI ĐỌC SỐ 51 – N2

2000年から2001年にかけて、全国紙として有名な新聞が、基本の活字を少し大きなものに変えました。地方紙も同じだったと思います。高齢者人口の増加が原因でしょうが、新聞を読む人の総数の中で、(注1) 老眼鏡を必要とする人の割合が増えたからです。

新聞だって[お客様は神様]でしょうから、その[神様]の二―ズに沿って紙面を変えるということは、とうぜんのことです。その案内の記事では、これまでの活字と新しい活字を比較して、いかに見やすくなったかがしめされていて、わかりやすく納得できるものでした。そして、各社ほとんど同じことを書いていたと思いますが、紙面の大きさは変えないわけだから、[文字が大きくなった分、文字数を減らさねばなりません]。そこで、記事は (注2) 要点をおさえ簡略化して適切化をはかる」というような説明になっていました。なるほどと思う一方、①これまではそうでなかったのかなとも思いました。

大きな活字の本出わるようになってきました。とくに辞書は同じ内容で同じデザインで大きな (注4) 版のものが出て、老眼鏡なしても利用できるとありがたがられています。ただサイズが大きくなった分、大きく量いという欠点もありますが、その快適さに換えられないという人には②問題になりません

 

(注1) 老眼鏡:年をとって近くが見えにくくなった人のための眼鏡

(注2) 要点をおさえる:要点をつかむ

(注3) 適切化をはかる:適切になるようにする

(注4) 版:ここでは、サイズ

 

4 新聞の文字が大きくなった理由は何か。

1  文字を大きくすることで要点がわかりやすくなること

2  小さい文字が読みにくい高齢の読者が多くなったこと

3  紙面に余裕ができるように記事の表現を簡略化したこと

4  高齢者から情報を絞ったほうがよいという意見があったこと

 

5 ①これまではそうでなかったとは、どういう意味か。

1  以前の紙面は活字の大きさを内容ほど重視していなかった。

2  以前の紙面は高齢の読者のニーズに十分こたえていなかった。

3  以前の紙面は重要な情報が簡潔にまとめて書かれていなかった。

4  以前の紙面は読者が納得できるほど詳しく説明していなかった。

 

6 ②問題になりませんとあるが、なにが問題にならないのか。

1  本を軽くするために活字が小さくなったこと

2  老眼鏡を持っていないと少し読みにくいこと

3  活字が大きくなって情報が少しだけ減ったこと

4  文字が拡大されて辞書が以前より重くなったこと

BÀI ĐỌC SỐ 50 – N2

①会話の技術は、運転技術とよく似ています。ボーッと運転をしていると、事故を起こしかねません。たとえば、数人で楽しく盛り上がっているときに、いきなり入ってきて、自分の話を始める人がいます。あれは、高速道路に加速しないで進入してくる車のようなもので、本人は気づかなくても、入った途端にクラッシュ (1) して入るのです。

グループに加わりたいときは、まず黙➁うなずきながらエンジンを温め、ほかの車と速度を同じくして

その上で、自分の話ばかりしないように注意すること。人は誰でも、自分の話を従って入れのですから。会話は、ボールゲームのようなものです。サッカーでもバスケットボールでも、ひとりでボールを独占していたら、次からは遊んでもらえなくなります。

みんなで話しているとき、自分がどれだけ話をしたのか、常に意識していることも必要です。特に、大勢で話しているときは、発言しない人により多くの意識を配ってください。おとなしい人は無視されがちですが、同じ場にいることに敬意を払って、その人にも (2) 話を振らないと。

つくづく思いますけれど、会話ほど,個人のレベル差が大きいものはありません。充実した会話をしたいのであれば、それなりの準備や練習は必要なのです。私は練習することで得るものは大きいと思いますよ。その中に、人生を変える出会いや幸運が (注3) 潜んでいるのではないでしょうか。

 

(注1) クラッシュする:衝突事故を起こす

(注2) 話を振る:話す機会を与える

(注3) 潜んでいる:隠れている

 

1 ①会話の技術は、運転技術とよく似ていますとあるが、この文章ではどんなところが似ていると述べているか。

1 運転で他の車に注意が払える人は会話でも他者に敬意が払えるところ

2 会話も車の運転も技術が高ければ仲間と楽しい時間を過ごせるところ

3 会話も車の運転のように他者とペースを合わせることが求められるところ

4 車の運転で事故を起こさないひとは会話も同じように慎重

 

2 ➁うなずきながらエンジンを温めとあるが、ここではどういうことか。

1 人の話に軽く返事をしながら車のエンジンを温めること

2 自分の話を聞いてもらいながらグループの話も聞くこと

3  まずは人の話を聞きながら会話に加わる準備をすること

4 静かに自分の話しをしながら次の話題に移るのを待つこと

 

3 みんなで会話をしているときには、どうのような注意が必要だと述べているか。

1 人文の発言量を意識しながら、おとなしい人にも話してもらうようにすること

2 発言が少ない人やおとなしい人の話をよく聞き、それに答えるようにすること

3 ふだん発言しない人も、みんなのはなしをよく聞いて会話に参加するようにすること

4  おとなしい人も、大勢で話すときは意識して他の人に話しかけるようにすること

BÀI ĐỌC SỐ 49 – N2

理解できた」と、「わかった!」という感覚とは、本質的にちがうところがある。

「理解できる」というのは、他人からくわしい説明をうけ、①それを論理的にわかることであると考えられる。つまり、これまで知らなかった知識を与えられ、それが論理的に自分のもっている知識と整合的であるという場合に、理解できたということになる。

これに対して、「わかった!」というのは、どういう場合なのであろうか。それは、②ミッシング・リンクのようなものだ と考えれる。つまり、話題になっていることに関連した知識はほとんどもっている、しかしその話題がその知識によって解釈できない、という状態にあって、そ こで何かのヒントを得た結果、もっている知識によってその話題が完全に解釈できるということがわかったとき、「わかった!」ということになる。その場合は ただちにその解釈結果をわかった結果として答えることができるという場合である。

 

この文章によると「理解できた」と「わかった!」はどうちがうか。

1 「理解できた」とは知識が増えることで、「わかった!」は自分で説明できるようになることである。

2 「理解できた」とは論理的にわかることで、「わかった」とは論理がなくてもわかるということである。

3 「理解できた」人は人に説明をうけてわかることで、「わかった!」は自然にわかるということである。

4 「理解できた」とは知識が増えることで、「わかった!」とは、知識がなくても論理でわかることである。

BÀI ĐỌC SỐ 48 – N2

地域や文化によって言語が違うように、音楽も違います。

誰が聞いてもすぐ分かる違いは、リズムです。リズムには、「1・2・3、1・2・3…」と3つずつの拍で進む3拍子や、「1・2、1・2…」と、歩くのちょうどいい2拍子など、さまざまなリズムがあります。これが文化によって違うのです。

たとえば、日本の伝統音楽には3拍子がありません。3拍子は馬に乗って生活する文化で作り出されるリズムだと言われています。日本人も馬に乗ることはあり ましたが、生活の中心ではありませんでした。日本人の生活の中心は昔から農耕でした。だから、日本の生活には一歩一歩2本の足で歩く2拍子がよく、3拍子 は使われなかったと( 1 ) 。

また、音楽も違います。音楽 ( 2 )、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」という7つの音の階段のことだと思う人も多いでしょう。しかし、それは、ヨーロッパという地域の音階です。地球上の音楽のすべてが、このような7音階できているのではありません。

たとえば、アジアには5つの音階を使う地域が多いです。日本もその仲間です。もっとも、同じ5音階でも、高さが同じ音とはかぎらないので、5音階といっても、地域のよっていろいろです。

 ( 3 )、ここまでのことを頭に入れて、「音楽は世界のことば」というよく使われる宣伝文句の意味を考えてください。この言い方は正しいでしょうか。

 ( 4 ) は明らかです。

今、世界でもっとも広く使われている言語は英語だといっていいでしょう。その英語を使えば、だいたいどこの国に言ってもコミュニケーションがとれます。しかし、( 5 ) 、単純に「英語は世界のことば」と言えるでしょうか。

音楽も同じことが起こっているということなのです。

 

(1)

1 考えました

2 考えられています

3 考えるでしょう

4 考えましょう

(2)

1 というものは

2 にしては

3 にしても

4 というと

(3)

1 さて

2 とにかく

3 なお

4 まず

(4)

1 正しいもの

2 正しいこと

3 正しくないもの

4 正しくないこと

(5)

1 だからこそ

2 だからといって

3 そればかりか

4 そればかりに

BÀI ĐỌC SỐ 47 – N2

 

 体の疲れを取るために、人間は必ず睡眠(すいみん)(1) 眠らなければならないのなら、質の良い睡眠がいい。ぐっすり眠れば健康にいいし仕事のミスも減る。

では、質に良い睡眠をとるには、どうすればいいのだろうか。

まず、良い環境を作ろう。部屋の温度や湿度を調整し、明るさも気を付けなければならない。体に直接触れる布団やシーツも大事だ。布団については、軽いの (2) 、重いのが好きという人もいる。どんな布団が体にいいかというのは決まっておらず、そこは好みでいい。

環境の次は、眠る前の準備だ。寝る前には、お風呂(ふろ)

最後は食べ物についても述べよう。食べたあとは眠くなることがあるが、夜眠るときに、お腹がいっぱいなのはよくない。眠りが浅くなるし、消化にも悪い。反対にお腹がすいているのもよくない。第一、眠れない。もし何か食べるなら、軽くて、消化のよい物を食べるといいだろう。少しなら、お酒を飲むのも悪くない。ただし、少しだけだ。たくさん飲むと、逆に睡眠の質を下げることが (4) 。

質の良い睡眠をしっかりすると、 (5) ことが大事である。

 

(1)

1 せっかく

2 どうせ

3 むしろ

4 もっとも

(2)

1 好きな人がいるから

2 嫌いな人もいれば

3 好きな人もいれば

4 嫌いな人がいれば

(3)

1 というつもりだ

2 というはずだ

3 というところだ

4 というわけだ

(4)

1 わかっている

2 わかった

3 わかる

4 わかっていた

(5)

1 このような

2   そのような

3 あのような

4 どのような

BÀI ĐỌC SỐ 46 – N2

私の娘が高校生の頃、カバンに小さな人形をぶら下げているので、「それは何のお守り?」と聞いたら、「幸運グッズで、 これを付けていると試験の成績が良くなる」という返事が戻ってきました。「現に、この前の中間試験に成績が良かったから効き目がある」と信じているようで す。そこで私は、「そんなもの付けてても、次の試験はきっと悪い成績になるよ」と予言をしました。そして、その予言通り娘の期末試験の成績は散々で、幸運 グッズの効き目がないことが証明されました。

そこで、私は娘に、「あなたの大体の実力は七十点を取るくらいであ る。しかし、人間には好不調というものがあって、九十点を取ることも、四十点しか取れないこともある。おそらく、あなたは前の期末試験が実力以下の成績 だったので、神にすがるような気持ちで幸運グッズを買ったのだろう。ところが、それは単に不調で実力が発揮できなかっただけだから、幸運グッズを買おうと 買いまいと、あなたの通常の実力通りなら、次の成績は上がることになる。それが、前の中間試験であった。成績が平均点を上回ったり下回ったりしているだけ なのである。それを誤解して、幸運グッズを身につければ成績が良くなると信じてあまり勉強していないようだったから、成績は必ず下がると予言できたのだ」 という説明をしました。

人生は山あり谷ありで、山があればいずれ谷が来るし、谷があればいず れ山が来るのです。たとえ谷に落ち込んでも慌てず、いずれ自然の成り行きとして谷を脱するときが来るだろうと、時を待っておれば良いのです。ところが、怪 しげな宗教を信じ込んだり、幸運グッズに手を出す人は、この当たり前のことがよくわかっていないようです。谷に落ち込むと追い詰められた気分になって、つ い神に頼ったり幸運グッズに手を出してしまうのです。やがて、時の流れとともに谷の時期が去って山の時期がやって来るのですが、それを神や幸運グッズのお 陰だと信じてしまう、というわけです。

 

筆者がこの文章で言いたいことはどんなことか。

1 たとえ宗教や幸運グッズに頼ったとしても、人間のいいときと悪いときが来る順番を変えることはできない。

2 人間には悪いときと良いときがあるものだが、神や幸運グッズは悪いときにだけ頼りにすればいい。

3 悪い時には人間は落ち込むが、神や幸運グッズがあれば、良いときが来るまで安心して待つことができる。

4 悪いときの次は必ず良いときがやって来るので、悪いときが来ても神や幸運グッズに頼る必要はない。