Entries by tran cong

BÀI ĐỌC SỐ 27 – N2

皆さんは寄付をしたことがあるだろか。異常気象で食べる物が不足して困っている人や、地震で家を失った人のためにわずかながらもお小遣いから寄付した経験を持つ人は多いだろう。その寄付に対する考え方に、今、新しい働きが起こっている。 ある会社では、社員食堂で低カロリーの定食を食べると代金の一部が寄付金となって途上国(注)の子供たちの食生活を支援する、というシステムを取り入れている。社員としては体調管理につながるだけでなく、人を助けることができ、会社としては社員の健康を支えながら社会貢献ができるので、社員にとっても会社にとっても一石二鳥というわけだ。 また、「寄付つき」の商品を販売する企業も増えている。特定の商品を買うと売り上げの一部が寄付されるというもので、他の商品と比べるとやや値段は高いが、商品を買えば、同時に寄付できるという手軽さが消費者に歓迎され、売り上げを伸ばしているという。 これまでの寄付はわざわざ募金の場所へ足を運んだり、銀行からお金を振り込んだりしなければならないものが多く、社会貢献に関心はあっても寄付をするのは面倒だと実際の行動には移さない人も少なくなかった。そこに目をつけたのが新しい寄付の形で、これまでと比べ手軽に寄付できるようになり、社会貢献がしやすくなった。さらに、企業にとっても自社のイメージの向上や売り上げの増加などメリットの多い取り組みとなっている。 このように寄付は慈善のためというばかりでなく、寄付をする側にもプラスになる活動としてとらえ値され始めている。   (注)途上国(とじょうこく)   7 社員食堂で低カロリーの定食を食べることがどんな良い結果についながるのか。 1 社員の健康が守られ、社会の役に立つことにもなる。 2 社員に定食代の一部が返金され、寄付をするす余裕ができる。 3 会社で寄付が日常のことになり、食生活に対する意識も高まる。 4 会社は社会の役に立つことができ、食堂の経費の節約にもなる。   8 この文章は、これまでの寄付にはどのような問題があったと述べているか。 1 寄付をする方法があまり知られていない。 2 寄付をすることが社会的に評価されにくい。 3 寄付をするのに手間がかかるシステムである。 4 寄付をするためには経済的に余裕がなければならない。   9 この文章における新しい寄付とはどういうものか。 1 企業が社員や消費者の意思にかかわりなく積極的に行うもの 2 企業が慈善事業のためではなく利益を上げるために行うもの 3 社員や消費者が手軽に寄付ができて企業側にも利点があるもの 4 社員や消費者が気がつかないうちに社会貢献に参加できるもの

BÀI ĐỌC SỐ 26 – N2

「実は、〇〇と 関係があるのですよ。それに思いついてできたのです」どうしても解けないでいた問題を先に解いた人から言われ、それだったら、自分のほうが経験が豊富だ し、知識があるし、「俺にもできたはずなのに……」と悔しい思いをうることがある。アイデアにしても、「このぐらいのアイデアだったら、自分の考えついて もおかしくないのに」と思うことは結構、多いものである。 記憶力には、覚える力と引き出す力の二つがある。いくら覚えても、それを引き出せなければ役に立たない。しかし、覚えていないものは引き出しようがない。つまり、その両方を鍛えないと、記憶力は生きてこないのである。 (中略) コンピュータは一人の人が覚えきれない、そもそも普通なら出会うこともない膨大な情報を記憶しており、われわれはそれを検索エンジンによって、検索引き出 せる。しかし、人がある問題解決をしている時は、そうしてコンピュータから引き出した知識が、短期間にせよ自分の頭の中に、それまでもっていた知識ととも に記憶構成されなければ役に立たない。 コンピュータがいくら豊富な知識を内臓(注1)していても、人間自身がそうして検索した知識を、覚え、関連づけ、再び引き出すという訓練をしていなければ、宝のもし腐れ(注2)である。では、どうしたら、そういう関連して引き出せる記憶とすることができるか? 記憶力を鍛えるいろいろな本が書かれているが、残念ながら、私には特効薬があるとは思えない。 が、まず、覚えるときに、理解して覚えることである。理解して覚えたことは正しく出てくる。例えば、問題を解く時でも、「あ、これは昨年解いた問題と似て た問題だ」と気がついてすらすら解けることがある。しかし、昨年解いた問題をしっかりと理解していないと、関係がわからないために脳の中で連結(注3)することができないのだ。うろ覚え(注4)ではどこかに穴ができて、あとで活用することができない。 つきに、どんなことを読んだり聞いたりしても、自分の知っていること、経験したこととの関連を思い浮かべることだ。いつも、「もしそうなら」とその役立ち方について想像を膨らませながら新しい知識を覚えることである。それが知識への感受性(注5)をたかめる。 記憶をアイデアや創造という問題解決に生かすためには、一つ一つを覚えるときに、「わかった」と「もしそうなら」からスタートすることであろうか。   (注1) 内蔵(ないぞう) (注2) 宝のもち腐(くさ) (注3) 連結(れんけつ) (注4) うろ覚え:はっきりと覚えていないこと (注5) 感受性(かんじゅせい)   1 筆者は「俺にも出来たはずなのに……」と述べているが、出来なかった理由をどのように考えているか。 1 自分が記憶した方法がその問題の解決に合うものではなかったから 2 自分の今までの経験や知識をその問題を関連づけられなかったから 3 自分の方が経験や知識があると思っていたが実際はそうではなかったから 4 自分では記憶したつもりでいたことが情報として蓄積されていなかったから   2 筆者はコンピュータの例を挙げて何を言おうとしているのか。 1 人間は一人一人が持つ情報量はコンピュータの情報量を到底超えることができない。 2 人間は一人一人が持つ記憶力は情報量の豊富なコンピュータを利用することでさらに生かせる。 3 人間は問題を解決する過程は、コンピュータが膨大なデータから必要な情報を引き出す過程と同じだ。 4 人間は問題を解決するにはコンピュータのように知識や情報を持っているだけでは不十分である。   3 筆者は記憶力を鍛えるにはどうすればよいと述べているか。 1 新しい知識を理解して覚え、自分が知っていることと関連される。 2 自分がこれまでに経験したことや膨大な情報をしっかり理解する。 3 新しい問題を繰り返し解いて、自分の理解を確認しながら定義される。 4 自分が考えついたアイデアを理解として覚え、必要なときに引き出す。

BÀI ĐỌC SỐ 25 – N2

「携帯電話をお持ちのお客様は、マナーモードではなく、必ず電源からお切りください」というアナウンスが流れました。すると私の近くにいた60代くらいの女性達が,「電源を切ったって、どうやって切るのよねえ。」と言い合っていたのです。 その話を聞いて私は、「知らないの?」と驚くと同時に、「そうだったのか」と思ったのでした。劇場などで携帯を鳴らしてしまうのは、比較的高齢のかたが多いものですが、不注意で電源を切らないのではなく、単に「知らない」だけだったのかも、と。   何を知らないのか。 1 携帯電話のマナーモードと電源を切ることの違い 2 劇場では携帯電話の電源を切るというマナー 3 携帯電話の電源を切る場合の操作方法 4 劇場で携帯電話を切る理由

BÀI ĐỌC SỐ 24 – N2

四十代の大台に乗ったとき、四十代は早いよ、と言われた。五十代はもっと早いと言われ、全くそれは正しかった。あと二年余で還暦(注1)だってさ。ウッソー、と若い人を真似て言ってみるだけれど、その言葉はもう使われていないそうだ。 十歳の時の一年は全人生の十分の一だから結構長い。しかし五十七歳の一年は、五十七分の一の分量しかない。 結局、時間の感覚は、記憶で作られている何かに比較されて、長く感じたり短く感じたりするのかも知れない。同じ大きさの太陽が中天と山祭(注2)ではまるで違って見えるように、知らず知らずのうちに、自分の記憶の総量を目盛りにして、今を測っているのだろう。   (注1)還暦:60歳のこと (注2)中天と山祭:空の一番高いところと山の端の日が沈むところ   この文章によると、四十代より五十代はもっと早いのはなぜか。 1 四十代より五十代のほうが記憶がはっきりしなくなっているから。 2 四十代にも見えない若々しい人が五十代に見えるわけがないから。 3 四十代の一年は人生の四十分の一だが、五十代は五十分の一だから。 4 四十代よりも五十代のほうが還暦に近いから。

BÀI ĐỌC SỐ 23 – N2

宇宙飛行士から聞いた話だが、夜間アジアの方向に入り、日本の上あたりにくると、夜なのに日本列島の形がわかるそうだ。 まわりの国々は夜の闇に沈んでいるのに、日本だけわかるというのは、それだけ日本列島中くまなく電気のあかりが点いているからである。 街灯や自動販売機は日本に灯されているし、都市部は夜も眠らない。エネルギー自給率が先進国最下位の日本のこの傲岸不遜   (注)傲岸不遜(ごうがんふそん):偉そうで生意気な様子   ここではどういうことを恥ずかしいと言っているのか。 1 エネルギーを無駄に使って目立っていること 2 光の週類がほかの国にくらべて下品なこと 3 夜なのに都市の人々が眠らないでいること 4 光がほかのアジアの国に迷惑をかけていること

BÀI ĐỌC SỐ 22 – N2

読書には2種類あるといわれる。ひとつは楽しみのための読書である。小説や雑誌 を読むのがこれだ。もうひとつは、知らないことを学ぶ読書である。この読書は苦しいこともある。新しい考えを理解するには頭を働かなければならないし、 書いてあることがわからなければ何度も読み直して考えるからだ。だが、本当の読解の力はこの知らないことを学ぶ読書で試される。逆に、楽しい読書の場合には、知っている話題や知識で書いてあるから、それほど読解の力がなくても読めるのである。 この文章によると、本当の読解の力とはどのような能力か 1 書いてあることを楽しむことができる能力 2 諦めず何度も読み直すことができる能力 3 知っていることを繰り返すことができる能力 4 知らない話題でも読んで理解できる能力 LTN2P10D02C04 ゴルフなど心理的な要素の強いスポーツではよく「ゾーンに入る」という言語が使われる。英語の「イン・ザ・ゾーン」の訳だ。この「ゾーン」とは精神が集中するあまり幸福感や自信が心にあふれ、自然に体が働いて最高の実力を発揮できる状態である。 当人にすれば時間の流れが遅く感じられ、すべてがうまくいく方向に背を押される感覚という。無我や忘我、自在といった武道の境地にも通じよう。ただこればかりは意識してそうなれるのではない。「やってくる」のを待つしかないそうだ。   やってくるのは何か。 1 ゾーン 2 時間 3 武道の境地 4 最高の実力

BÀI ĐỌC SỐ 21 – N2

ある国に、「ひとりで食事をする」という意味の特別な表現がある。それがよくあることだからではなく、それが珍しいことだからだ。その背景には、食事は人といっしょに食べるものだという考え方があるのだが、この国の人にかぎらず、食事というものは、ひとりで食べるより、複数で食べるほうが楽しいものではないだろうか。ところが、今、日本では人では人といっしょに食事をしない人が増えているのだそうだ。ひとりで食べることをなんとも思わない。むしろ、人と食べると落ち着かないということだ。 筆者はひとりで食事をすることをどう思っているか。 1 珍しい。 2 楽しくない。 3 落ち着かない。 4 なんとも思わない。