Entries by tran cong

BÀI ĐỌC SỐ 42 – N2

「理解できた」と、「わかった!」という感覚とは、本質的にちがうところがある。 「理解できる」というのは、他人からくわしい説明をうけ、①それを論理的にわかることであると考えられる。つまり、これまで知らなかった知識を与えられ、それが論理的に自分のもっている知識と整合的であるという場合に、理解できたということになる。 これに対して、「わかった!」というのは、どういう場合なのであろうか。それは、②ミッシング・リンクのようなものだ と考えれる。つまり、話題になっていることに関連した知識はほとんどもっている、しかしその話題がその知識によって解釈できない、という状態にあって、そ こで何かのヒントを得た結果、もっている知識によってその話題が完全に解釈できるということがわかったとき、「わかった!」ということになる。その場合は ただちにその解釈結果をわかった結果として答えることができるという場合である。   ①それは何を指しているか。 1 理解できた内容 2 わかったという感覚 3 本質的なちがい 4 他人によるくわしい説明

BÀI ĐỌC SỐ 41 – N2

地球の気温は現在上昇しつつあるが、今のベースで温暖化が進んでも、西暦二一™™年の気温は「縄文時代 したがって、現在起きている程度の温暖化で「地球が大変なことになっている」と か「地球が悲鳴を上げている」などということはあり得ない。地球は、現在の温暖化よりもはるかに激しい気温変化を経験してきており、この程度の気温変化で 「地球」がとんでもないことになるはずがないのだ。つもり、「地球を守ろう」「地球のため」「地球に優しい」「地球がかわいそう」といった発想は、すべて 誤りである。②地球が聞いたら怒るだろう。多くの人々が「普通の気温」と思っている気温は、激しい温暖化・寒冷化繰り返してきた地球の歴史の中では、たかだか過去二™™年程度の瞬間的なものにすぎないのである。   筆者は現在の地球の気温上昇についてどう考えているか。 1 これから200年間、「普通の気温」に戻ることはできないだろう。 2 この程度の温暖化ではすまず、とんでもないことになる。 3 長い地球の歴史の中で見ると地球が危険な状態であるとは言えない。 4 人類は誕生以来何度もこの危機を乗り越えたから今度も大丈夫だ。

BÀI ĐỌC SỐ 40 – N2

地球の気温は現在上昇しつつあるが、今のベースで温暖化が進んでも、西暦二一™™年の気温は「縄文時代 したがって、現在起きている程度の温暖化で「地球が大変なことになっている」と か「地球が悲鳴を上げている」などということはあり得ない。地球は、現在の温暖化よりもはるかに激しい気温変化を経験してきており、この程度の気温変化で 「地球」がとんでもないことになるはずがないのだ。つもり、「地球を守ろう」「地球のため」「地球に優しい」「地球がかわいそう」といった発想は、すべて 誤りである。②地球が聞いたら怒るだろう。多くの人々が「普通の気温」と思っている気温は、激しい温暖化・寒冷化繰り返してきた地球の歴史の中では、たかだか過去二™™年程度の瞬間的なものにすぎないのである。   ②地球が聞いたら怒るのはなぜか。 1 温暖化は地球にとっては大した問題ではないのに人間が勝手に心配しているから。 2 人間の活動による温暖化で地球の環境がとんでもないことになってしまったから。 3 温暖化の原因は人間の活動にあるのに人間が地球のせいだと誤解しているから。 4 将来今の温暖化よりも激しい気温変化がきることに人間が気づいていないから。

BÀI ĐỌC SỐ 39 – N2

地球の気温は現在上昇しつつあるが、今のベースで温暖化が進んでも、西暦二一™™年の気温は「縄文時代 したがって、現在起きている程度の温暖化で「地球が大変なことになっている」と か「地球が悲鳴を上げている」などということはあり得ない。地球は、現在の温暖化よりもはるかに激しい気温変化を経験してきており、この程度の気温変化で 「地球」がとんでもないことになるはずがないのだ。つもり、「地球を守ろう」「地球のため」「地球に優しい」「地球がかわいそう」といった発想は、すべて 誤りである。②地球が聞いたら怒るだろう。多くの人々が「普通の気温」と思っている気温は、激しい温暖化・寒冷化繰り返してきた地球の歴史の中では、たかだか過去二™™年程度の瞬間的なものにすぎないのである。   ①北極の水は存在したかった時代の方がはるかに長くとはどんなことの例か。 1 地球が現在今までなかった温暖化の危険にあること 2 地球が今まで高温期と低温期を何回も繰り返したこと 3 地球が今より気温が低い時間がまったくなかったこと 4 地球では今より気温が高いことが珍しくなかったこと

BÀI ĐỌC SỐ 38 – N2

一つの仕事をやるについて、いろいろな選択肢があり、その中に「今までどおりやる」というのがあると。放っておけば、ほとんどの人はそのやり方をとるでしょう。それでそこそこの成果があがるのだから、なにも未知の方法に挑んで苦労することはないというわけです。 それがべストの方法かどうか、あるいはほかにもっと能率的にできる方法があるかもしれないのに、①そういうことは考えもせず、ひたすら②一番楽な従来どおりのやり方を続けていこうとする。人間には習性として、そういう傾向があるものです。 しかし、そのようにやり方が決まってしまうと、みんなものを考えなくなって、たとえそのやり方が時代に合わなくなってきても、おかしいとも思わなくなってしまいます。 こうなると、もはやその組織に進歩はありません。下手をすれば、時代遅れの組織になって、競争に負けてしまうでしょう。官庁病とか大企業病などと言われるように、組織というのは放っておくと、それこそあっという間に動脈硬化 とくに管理者は、いまのやり方でいいのか、時代に合っているか、もっと能率的な方法があるのではないか……いかなる種類の仕事であっても、そのことを常に考えていかなければなりません。   筆者は、仕事のやり方について、どうするのが良いと言っているか。 1 ほかの組織が時代に合ったやり方をしていても気にせず、能率的で成果の上がる自分たちのやり方をずっと続ける。 2 いままでどおりのやり方けながら、人間の習慣に合った誰にでも簡単にできるようなやり方を完成させる。 3 前に成功したやり方でも、そのままでいいかいつも気をつけ、よくないと判断したらすぐに新しいやり方を考える。 4 前に成功したやり方を繰り返さず、いつも新しいやり方を試し、少しでも楽に仕事が続けられるように工夫する。

BÀI ĐỌC SỐ 37 – N2

一つの仕事をやるについて、いろいろな選択肢があり、その中に「今までどおりやる」というのがあると。放っておけば、ほとんどの人はそのやり方をとるでしょう。それでそこそこの成果があがるのだから、なにも未知の方法に挑んで苦労することはないというわけです。 それがべストの方法かどうか、あるいはほかにもっと能率的にできる方法があるかもしれないのに、①そういうことは考えもせず、ひたすら②一番楽な従来どおりのやり方を続けていこうとする。人間には習性として、そういう傾向があるものです。 しかし、そのようにやり方が決まってしまうと、みんなものを考えなくなって、たとえそのやり方が時代に合わなくなってきても、おかしいとも思わなくなってしまいます。 こうなると、もはやその組織に進歩はありません。下手をすれば、時代遅れの組織になって、競争に負けてしまうでしょう。官庁病とか大企業病などと言われるように、組織というのは放っておくと、それこそあっという間に動脈硬化 とくに管理者は、いまのやり方でいいのか、時代に合っているか、もっと能率的な方法があるのではないか……いかなる種類の仕事であっても、そのことを常に考えていかなければなりません。   ②一番楽な従来どおりのやり方とはどんなやり方か。 1 成果があがるやり方 2 一番能率的にできるやり方 3 時代に合ったやり方 4 以前と同じやり方

BÀI ĐỌC SỐ 36 – N2

一つの仕事をやるについて、いろいろな選択肢があり、その中に「今までどおりやる」というのがあると。放っておけば、ほとんどの人はそのやり方をとるでしょう。それでそこそこの成果があがるのだから、なにも未知の方法に挑んで苦労することはないというわけです。 それがべストの方法かどうか、あるいはほかにもっと能率的にできる方法があるかもしれないのに、①そういうことは考えもせず、ひたすら②一番楽な従来どおりのやり方を続けていこうとする。人間には習性として、そういう傾向があるものです。 しかし、そのようにやり方が決まってしまうと、みんなものを考えなくなって、たとえそのやり方が時代に合わなくなってきても、おかしいとも思わなくなってしまいます。 こうなると、もはやその組織に進歩はありません。下手をすれば、時代遅れの組織になって、競争に負けてしまうでしょう。官庁病とか大企業病などと言われるように、組織というのは放っておくと、それこそあっという間に動脈硬化 とくに管理者は、いまのやり方でいいのか、時代に合っているか、もっと能率的な方法があるのではないか……いかなる種類の仕事であっても、そのことを常に考えていかなければなりません。   ①そういうこととはどんなことか。 1 もっと良い方法があるかもしれないということ 2 ほんとどの人かいままでのやり方をとるということ 3 いまのやり方がベストの方法であるということ 4 未知の新しい方法に挑んだら苦労するということ